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【国際】スイスがベーシックインカム導入にむけ国民投票を実施

スイス政府は国内のすべての成人を対象としたベーシックインカム制度の導入を巡り、国民投票を実施する予定です。この動きを主導した市民団体は国民投票に必要な10万人以上の署名を集めて議会に提出、国民投票実施の運びとなりました。

今回の案ではスイスに在住するすべての成人に対して政府が無条件で毎月2500フラン(約27万円)を支給することを要求しています。金銭面でのセーフティーネットを提供することが目的ですが、「働く人がいなくなるのではないか」「財源はいったいどうするのか」といった批判も聞こえてくる一方、この動きを歓迎する向きもあります。

 

無条件で現金が支給される、というと多くの人はびっくりし、同時に「生活が楽になる!」と喜ぶことでしょう。しかし、果たしてそうでしょうか。ベーシックインカムとはそもそも何なのか、すこし振り返ってみましょう。

 

ベーシックインカム (basic income) は最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想。基礎所得保障、基本所得保障、国民配当とも、また頭文字をとってBIともいう。

Wikipediaベーシックインカム”)

 

このように、ベーシックインカムは「最低限の生活を送るのに必要とされている現金を無条件で支給」することが目的です。すべての国民に配分されるため、個別対処的な年金や生活保護などはなくなることになります。

 

新自由主義論者からの積極的意図には、ベーシック・インカムを導入するかわりに、現行制度における行政担当者による恣意的運用に負託する要素が大きい生活保護・最低賃金・社会保障制度などに含まれる不公正や逆差別といった問題を解消し、問題の多い個別対処的福祉政策や労働法制を「廃止」しようという考えが含まれる。

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ベーシックインカムの導入により、個別に判断の必要だった年金や生活保護などの社会保障制度が一括して「現金支給」という形に集約されるため、行政コストが大幅に低減し、より「小さな政府」が可能になる、とされています。

 

その他にも次のようなメリットが考えられます。

これらはすべて、「基本的な生活は保障されているから」という安心感の上に成り立っています。事業に失敗しても無一文になることはありませんし、おかしな企業に入社してしまったらすぐに辞めることもできるようになります。自分に合わない仕事、と思ったら転職することも容易になりますし(転職に失敗しても生活は守られる)、そうした自由な気風が広まれば、失敗を恐れずにイノベーションもできるようになる、というわけです。

こうしてみるととても良い制度のように見えます。しかし、そこには大きなデメリットもあることを忘れてはなりません。

 

最大のデメリットはなによりも財源です。無条件ですべての国民に現金を支給するわけですから、そのお金を捻出しなければなりません。単にお金を増刷してしまえばインフレになりますし、かといって税金を上げてしまえば現金を支給する意味がありません。

経済評論家の山崎元氏は「1円も増税することなく日本国民全員に4万6000円のベーシックインカムを支給することが可能である」としています。その財源は年金・生活保護・雇用保険・児童手当や各種控除を廃止してそれらをすべてベーシックインカムにあてる、というものです。つまり、社会保障制度をすべて廃止してベーシックインカムにすれば良い、という考え方です。

ここでもうひとつのデメリットが浮かび上がってきます。ベーシックインカムは行政コストを引き下げることがメリットとしてあげられていますが、社会保障制度を大きく引き下げた場合、「お金は渡すからあとは勝手にやってね」というデメリットになりうるのです。具体的に言うと、たとえば現行制度では病院の窓口で払う費用は実際の30%ですが、これがなくなるため満額支払わなければならなくなります。介護保険がなくなれば公的な介護施設に入るのにも莫大な費用がかかるようになるでしょう。たしかに生活保護や年金の心配はなくなるにしても、医療・福祉に関わることは「自己責任」ということになっていきます。

 

ベーシックインカムの考え方は新自由主義の極限です。つまり、「市場原理や個人の自由に任せ、政府はなるべくそこに介入しない」という考え方です。それが押し進められると「お金は渡すからあとは自由に(自分の責任で)やってね」というところに落ち着きます。現金支給というセーフティネットが用意されていますから、多少の自己責任論は引き受けられるでしょうけれども、完全な自己責任はすこし怖い気もします。

 

太平洋の南西にナウル共和国という国があります。人口約1万人程度の小さな島ですが、島には大きなリン鉱山があり、大変栄えていました。ナウル政府がリンを海外に輸出する莫大な収益を国民に分配していたため、国民はほとんど働く必要がありませんでした。しかし1999年にはリンがほぼ枯渇、財政が破綻します。これまで働く必要のなかった国民は自ら収入を得なければならなくなっていますが、およそ1世紀の間働く必要がなかったため、そもそも「どのように働いたらいいのか」すらも分からない状態からの出発なのだそうです。

 

ナウルの他、アラスカやイランなどでも天然資源の収益を財源としたベーシックインカムが実施されていますが、これらの財源は有限であり、いずれ枯渇することが分かっています。一方、今回のスイスの場合、果たして財源をどこからひっぱってくるのでしょうか。とはいえ、まだ国民投票の実施が予定されただけで、実施するかどうかは決まっていません。また、国民投票実施を要求した市民団体がどこまでデメリットを検討しているのかもわかりません。

 

スイスのベーシックインカムが実施されるとなったら、壮大な社会実験となるでしょう。いったいどのような結果になるのか、注目したいところです。

 

 

【ニュースソース】

Swiss to vote on 2,500 franc basic income for every adult
Reuters

一部訳:タイラー・コーエン 「スイスでベーシックインカム導入?」
経済学101